ヒッグス粒子のニュース

先週だったとおもう。

ヒッグス粒子が発見されたかも、というニュースが出たのは。

これが発表されようとするとき、知り合いが、CERNでセミナーと記者会見がライブでみれます、ということだったので見ていた。

ヒッグス粒子関連のセミナーは2つ。

独立した2つの実験のそれぞれ責任者が発表。

発見の信頼さの指標となるσ値が、2日ほどまえのアメリカの加速器の発表では、

たしか、2いくつで、これは発表したもののニュースにはならなかった。

一方、LHC (large hadron collider)では、一つの実験で4.9σ、もう一つ目の実験では5.0σだった。

そのすごさは、私にはわからないけれど、セミナー中に5.0σの数字がでたところで、聴衆はスタンディングオーベーションとなった。

これをうけてヒッグス粒子の予言者(?)ヒッグス博士は、自分の寿命中にはおこらないと思っていた、という感想を述べていた。あまり語っていなかったが、言葉もない感動だったようにみえた。

その後、記者むけの記者会見(press conference)があった。

記者は、何を質問しようか、難しそうであった。

「で?みつかったって書いていいの?」という記者の陽気な質問に対して、

「そうであることを願っているが、科学的にはまだ言いきれないし、もう少し時間がいるが、その時間はおそらく今年中ぐらい」

という答えだったとおもう。

日本の記者もいて、すごく残念な質問をしていたことが印象的だった。

その質問とは、「世界がグローバル危機(なんかこの言い回しだと重複があるなあ、、、)と呼ばれる状況で、食べるに困る人もいる、この状況で今、私たちがあなた達に投資しないといけない理由はなに?」

という質問だった。

つまり、ヒッグス粒子の探求って役に立つの?基礎科学って役に立つの?というよくある疑問点。

これにたいするプロジェクトマネージャーの答えは、答えになっていないけれど、関連することとして、それが発展途上国の参加者を含むプロジェクトである、という点だった。

「役に立つことがいいこと」、と考えている人に、「役にたたないことが重要」だと考えている人が何を話しても平行線なのだろうから、そういう答えでいいのだと思う。

役にたつこと、っていうのは、企業だったり他の人がやるし、ある人にとっては役にたつことは、必ずしも、それ以外の人の役には立たないどころが害にもなるのだ。

そして、役に立たないことが、あるときに役にたつことがわかったりもするけれど、それは、気づいたときには遅かったりもする。

役にたつ情報の良くない面としては、それは、ニュースにはならず、限られた権益者がそれを囲い込もうとしてしまうことだ。

小柴先生がたしか、「これは役に立ちません」って断言したことはすばらしいと個人的に思っている。これで誰も、基礎科学の情報を囲いこもうとはしないでしょう。

しかし、それは役にたつかもしれない。でもそれに気づくチャンスは誰にでもあるのだ。なぜなら、その情報は、囲い込まれていないから。

 

 

ヒッグス粒子のニュースに刺激されて、南部先生の「クォーク」というブルーバックスの本を買った。たぶん、昔、読んだことがあるけれど。10年ぐらい前に大学で習ったことを思い出せるかなあ、と願いながら読んでいるけれど、思い出せない。。。。不断の努力が必要なのね、、、、

 

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