怒らない研究者

最近、ふと見かける、気になる、いや、気に障るのが、怒らない人、という種類の人間。

私は、怒らない人を信用しない。

人間には喜怒哀楽があるのが普通なのに、

「いや、ぼくわたしのような高貴な人間には、怒、なんてないんですよ〜」

と言っているようにみえる。自分がどう、見えるかだけを気にしているナルシストじゃないかしら。

研究発表などをしている研究者が、質問や批判を受けたとき、感情的に怒る研究者とそうでない研究者がいる。

私は、怒らない研究者を信用しない。大人げないといわれても、自分が一生懸命やっていることにたいして、ひどい質問や批判を受けたときは、自分があっていても、まちがっていても、感情的になることが普通だとおもう。

怒らないというのは、研究者としてどうみえるか、見た目ばかり気がいっているし、内容に対する愛着が薄いと疑いたくなる。そういう人は、共著者にお偉い先生、いやでもその人微妙なんだけどなあ、という人を共著にして自信満々だったりする、自信満々の裏返しが怒らないこと、でもないし、自信ある研究の裏返しが怒ることでもないから、怒ってもいいと思うけれど。

怒るっていうのは、間違いや無知を指摘されて図星だから怒る、ということをイメージするから、なんっとしても怒りたくない、という事情なのだろうけれど。

そういえば、先週の学会で、ある大学の学生が、自分の尊敬している先生の式を利用していて、その式を批判されて、「そんなことはない!」って怒ったらしいけれど、、、一方でニコニコ笑ってやり過ごそうなんて不気味な人もいる。不気味じゃない?

怒らない人は、実際は怒っているのに、それを必死で隠している。

いや、何を言われても怒らなければいけない、というわけではないよ。

でも、ちゃんとした返答もできないのに、怒りもせず、「いや、自分は絶対に間違っていませんから」なんて態度で示せているつもりなのかしらね、ちゃんとした返答してからにすればいい。

「文芸春秋」12月号を読んでいたら、最近の民主党の政治家は、怒らない、という記述があった。信用できないね。

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