アンダーグラウンド

馬鹿は、「馬と鹿とかく」
 
ある映画(アンダーグラウンド、舞台はベオグラード)をみていたら、
息子20歳が鹿をみて、「パパ、馬だよ」とうれしそうにいう悲しいシーンがあった。
パパは、「。。。あれは、鹿だよ」
(息子20歳)「鹿?でも馬みたいだね」
(パパ)「鹿というのだよ」
(息子20歳)「。。。」
鹿をみて馬というのは、良くある間違いなのかしら?
鹿をみて、どうしてあれは馬じゃないの?といわれても説明しようがない。
説明しようがないけれど、あれは馬ではなくて、鹿なのだ!
 
この息子20歳が、馬鹿なのには理由がある。
時代は、戦争中。ベオグラード(え?どこ?都市名は変らないのに、国は変るのね。。)がドイツに占領されて
いるとき、
祖国を取り戻すために、地下組織、地下社会ができ、反乱軍のために武器の密造をしながら20年をすごす。
ずっと、地下にいたため、太陽も月もみたことがない生活をしてきた。
彼らは、祖国のためにやっていた武器の生産だけれど、実際は、武器商人に搾取されていただけだった、
という実質をしらないまま20年、20歳になった。
20年の間に、実は、戦争が終わっていたり、肝心の祖国がなくなっていたり、また戦争がはじまったりしている

ユーゴスラビアの歴史は、厳しい。
 
 
私は、この息子20歳は、「ただの無知」ではなく、「馬鹿」にみえる。
本人の努力とか知性とかには、関係ないけれど、圧倒的な実質的な体験の欠如が、自分では後戻り、回復できな
い状態の馬鹿、を生み出してしまったようにおもう。実質的な体験が何か、というと、
たとえば、「大事なことや本当のことは、実は、本に書いていなかったりする」とか、そういう経験なのかな?
本を信用して馬鹿をみた、とか、人を信用して馬鹿をみた、とか。
限られた情報だけを与えられて、それにこれまで裏切られることがなかった悲劇なのか?
 
 
20年だまされていたパパ(地下社会のドン)は、馬鹿ではないのか?
というと、大馬鹿かもしれないけれど、でも、これは戦争中という特殊な状況下では、誰でも陥りそうな罠かも
しれない。
そんなにたくさん、特殊な状況下の経験、がないからかもしれない。
また、いろいろな体験を習得するには人生は短すぎるのか。。。
 
 
そういえば、数ヶ月前、
「あーあ、私って馬鹿だなあ」っていったら、
友達女性研究者は、「いいえ、あなたは馬鹿じゃないわよ」
と真面目に励ましてくれて、心あたたまった。
同じことをHさんにいったら、「馬鹿でいいじゃん」
と言われ。。。。心はあたたまらなかったけど、まあ、仕方ないか、と思った。
 
 
 
しかし、ずっと、地下にいた映画の中の彼らが、自分たちのやっていることに気づくチャンスはなかったのだろ
うか?
自分の手で銃を製造しながら、何も感じなかったことはないだろう、と思う。
祖国のため、と言っても、武器の製造は、武器の製造。
息子20歳と結婚した女の子は、その子自身もずっと地下ですごしていた子だけれど、
何か、おかしいものをかんじていたのだろう。
結婚式で、泣き、息子20歳が「幸せだから泣いているの」と聞いたけれど、
その日、井戸に身を投げてしまう。
理性でわからなくても、本能的にわかることもあったのだろうと思う。
自分が嘘の世界に住んでいる、ということを受け入れられる人がいるだろうか?
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