平凡な家庭なんてこの世に一つもない?

仕事が一区切りついたので(ついたつもり)
久しぶりに小説をよむ。
考え事をしていると、
つねにそのことが頭をよぎってきてしまうから、
小説を読む気になれない。

読んだのは、東野圭吾「赤い指」。
東野圭吾の本は、これが3冊目。
東野圭吾の本は、26冊ほどでているらしいので、
それらも読みたい。

「赤い指」はミステリー+家族ものがたり。
主人公、刑事の台詞
「平凡な家庭なんてこの世に一つもない」
という内容のことがあり、印象に残る。

この物語にでてくる犯人は、
おそらく、自分では、平凡だと思っていた大人、ではないかな。
しかし、平凡は、現実を直視せず、めんどうなことを人任せにして、
得られるものではないのだな、と感じる。
日常生活にある多くの面倒なことを
避けて通りながら、善良な市民でいることは不可能なのかもしれない。(耳がいたい。。)

現実を直視、というのは、きっと大げさなことではなく、
目の前に居る人(多くの場合、家族)が、快適に過ごしているか、
気持ちよくしているか、きちんと敬意を払われているか、とか、そういう気遣いを
確認し、毎回、きちんと正解を得られる保証もないけれど、
なんらかのベストを尽くすということだと思う。

そして、主人公の台詞
「平凡な家庭なんてこの世に一つもない」
が、本当だとすれば、人が数人あつまれば、当然こういう問題(現実を直視しないで、人任せ症候群)が
生じる、ということかな?
家庭だけでなく、あらゆるグループ(大学、会社)について、平凡な○○なんてこの世に一つもない、なのかしら?

広告
カテゴリー: たまに書く日記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中