スペシャルじゃなきゃ嫌です? from revolutionary road

こないだ、久しぶりに映画をみた。
revolutionary road
というディカプリオとケイト・ウィンスレットの映画。
見たい、とたしか、半年位前におもっていたけれど、そのままだったのだ。

ストーリーは、興味深いものの、まったく感情移入できなかった。
revolutionary road というのは、おそらく(英語半分ぐらいしかわからなかった)
新興住宅地に、○○丘、みたいなキャッチーな名前をつけるようなかんじで、
主人公夫婦の新居がある住所。
美形で理想のカップル、という設定。
大きく(日本からみれば)素敵な新居なのに、
アメリカでは、ごく普通、らしく、それが夫婦な気に入らない、とのこと。
新居だけでなく、生活の何もかも気に入らない、
とサラリーマン旦那と専業主婦奥様が、新しい生活を求めようとする。

専業主婦奥様は、子供2人、素敵な旦那さま、大きな(アメリカでは普通)家、
がありながら、ヒステリーを起こす位、現在の生活が気に入らない、という。

日本の「普通の結婚でいいの」、という婚活が、とても、つつましいものに思える。
どうして、そんなにスペシャルでなければいけないのか?
わかるような、わからないような。

この映画、アメリカ映画なのに、
ハッピーエンドで終わらなかった。

夫婦仲直りして、ハッピーエンドで終わればいいのに
欲張りは、身を滅ぼすよ、というメッセージを伝えたかったのだろうか。
「足るを知る」精神、ということかしら。
アメリカ映画とは思えない。
いや、でもアメリカ以外でこんな状況あるかしら?

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